8月6日に思うこと

サロン便り

今日は8月6日。

広島に生まれ育った私にとって、8月6日は特別な日です。

子どもの頃は毎年登校日で黙とうし、頻繁に平和学習を受けてきました。
原爆について学び、平和について考えることは、ごく当たり前のことでした。

大人になってから、広島や長崎以外では、私たちほど平和や原爆について学ぶ機会が多くないことを知りました。

その話を聞いたときは、とても驚きました。

私の周りには、被爆2世、3世の方もいらっしゃいます。
だからこそ、この出来事は遠い歴史ではなく、今につながっているものとして感じてきたのだと思います。

広島で受けてきた平和学習は、私が思っていた以上に特別なものだったのだと、そのとき初めて気づきました。

私にとって平和記念公園周辺は、「特別な場所」というより、日常の中にある場所です。

仕事で訪れたり、買い物をしたり、食事をしたり。
川へおりたり、春には桜を見に行ったり。

生活の延長線上にある場所です。

原爆投下から80年以上という時間が流れました。

数年前から平和公園の空気が、少しずつ変わってきたように感じています。

世界中から多くの人が訪れ、それぞれの立場で平和を祈り、手を合わせる。

その積み重ねが、まるで空気の一粒一粒に溶け込んでいるような、そんな透明感を感じることがあります。

もちろん、それは目に見えるものではありませんが、静けさの中に優しさのようなものを感じる瞬間があります。

こうして今日も、安心して朝を迎え、家族と過ごし、仕事をし、日常を送ることができる。

その当たり前の毎日は、平和を願い続けてくださった先人の方々や、今もそれぞれの場所で平和を守ろうと行動されている多くの方々のおかげなのだと思います。

8月6日は、悲しみだけを思い出す日ではなく、今ある日常のありがたさに気づき、感謝する日でもあります。

この先も、みなさまの穏やかな毎日が続くことを願いながら、私も日々を大切に過ごしていきたいと思います。